今、青森市内に前田伸治設計の料亭を作っている。棟梁は中里棟梁、脇を、もはや子弟の関係と言って良いだろう細越大工が沿う。10年を超える大工職人として過ごしてきた彼からは、逞しさを感じるようになってきた。現場で働く姿の何と頼もしい事か。
先日、前田伸治氏が床柱などの役物(やくもの)の木づくりのため、加工場に来られた。「せっかくなので、見に来れるのだったら、皆で来るといいよ」とお声を頂戴し、建築の監督らと共にご一緒させて頂いた。材は京都に趣き選定したもので、少し前に加工場に入れ、この日を待っていたものだ。こういう木づくりなど、一般的にまず目にする事がないだろう。数寄屋建築の世界でも、限られた人間しか場に居合す事が出来ないと聞く。
「広間から行こうか」と、先ずは10畳広間の床柱から手を付ける。杉の磨き丸太、長さは3m少し。床から天井までの間の見える部分を探り、床位置を決め、えくぼや節を見ながら正面を探る。またそこにとり付く、床框や落し掛けの位置を出しながら、対峙する材との緊張感を損なわない様、慎重に慎重に正面を決めていく。
写真で見てお分かりの様に、この位の太さの丸太でも、元と末ではだいぶ太さが違うものである。材の芯を垂直そのままに立てたものなら、上部は壁に埋まっていく。そうならないよう、壁とのチリ際を見定め、あくまで自然に壁に馴染むように、丸太は使われていく。柱だけでなく、床框に丸太を使った時もそうだ。元から末へ細くなる材を、いかに真っすぐに床や柱に馴染ませながら、取り付けていくか。微細な丸太表面の凹凸も探りながら、木と対峙していく。
この建築には広間の他に、3畳と4畳半の小間も備える。詳しくは前田伸治氏のブログに委ねるが、特にこの3畳の小間に惹かれていた。実施図面を拝見した時から、初めて見る構成の室内空間、そしてその使い方など興味津々であったのだが、そこから想像してた床柱は穏やかな表情のそれを思っていた。だが実際に見た材は、粗々しいまでの表情を見せるものであった。
「まさに猛獣使いだね」とは前田氏の言。同じ様に慎重に慎重を重ね、木と対峙する。正面を見極め、節を落す寸法など、細かく指示していく。中里棟梁が初めやっていたが「やってみろ」と細越大工に仕事を委ねる。梅雨の肌寒い日であるが、緊張からみるみる汗がほとばしる。それはそうだろう、この材、一本だけでも数十万。京都まで出向き、この建築のこの場所に据えるために、選びに選んだ木であり、失敗すると替えが効かない。鉋を掛ける手も震えるだろう。削り代がある部分で試していくが、慎重になる故、削ぎ口に勢いがない。「ビビるなよ、大丈夫だ」との声を受け、次第に勢いを増し、木に新たな息吹を与えていく。最終的な仕上げは現場で行うが、この時点でも初めの荒々しい印象から、床柱としての使命を請った材の凄味が醸されている。「猛獣使い」なるほどと納得した。
(黒坂)