先回ご紹介した通り、東京S邸が完成した。新しい家での生活、きっと慣れない部分ばかりなので、戸惑いもあるだろうが、自分達の居心地の良い場所にしていく楽しみもあるだろう。こんな家に住みたい、と強く思う家の完成である。
1階が親世帯、2階が子世帯と昨年産まれた娘さんの3世代の家。その世帯の中間とも言える絶妙な位置に日本間が配され、客間としても機能し家族室にもなる。1階、2階の世帯とも常にこの日本間が望めるように、LDKが配されている。銅版を葺いた平屋のこのスペースは庭にも有機的に繋がり、床面積以上の広がりを持つ空間で、家族の絆を象徴するかのように、梁が組まれる。赤松の八角に落された曲がりを持つ梁に、杉の磨き丸太がとり合わされ、シンプルで力強く、且つ繊細な印象を与える。
各階とも水廻り動線が考慮された平面計画で、来客時に奥まで覗かれる事の無いよう、視角が上手くとられている。適度に抑えられた天井高、開く処と閉じる処、抑える処と抜く処、これは寸法に依る抑制を熟知された設計の妙だ。同じ空間にあっても、天井を変える事で用途を与えている。天井の位置も変わるのであるから、照明も各用途に合ったように配す事が出来る。
全体の色のトーンも合わせている。今回の木部の塗料は「柿渋」だ。これも原液をそのまま塗るような事はせず、薄めて調合してから、木の色合いを見て重ねていく。色は経年と共に出てくるので、少し抑えたこの感じが、何とも心地良い。これまでの当社の施工の中でも、最も好評の声を聞いた色合いだ。外観の写真などは差し控えさせて頂く。建築場所が特定される事は避けたいためであるので、これはご容赦願う。
120枚程の写真を撮ってきたのだが、仕事の合間にスライドショーで一人楽しんでいる。これからの自分の仕事にも活かせる建築であるのは間違いない。何故のこの高さなのか、平面寸法と現場で感じた寸法との比較、写真を見ながら、それらを反芻している。正直、実施設計図を拝見した時に、玄関ホール付近や廊下の幅などが狭く感じていたのだが、それが現地では全く感じられなかった。高さや視界の抜け、動線を考えた微細な細工。それらに依るものであるのを、徐々に実感として捉えていく。良い建築である事を実感する。
完成を見ていない大工からも、盛んに写真を見せてくれと頼まれる。こんな事も、今まで無かった事だ。どこかで中里棟梁を交えながら、社内の大工講習でもしようかと思う。後身の育成も兼ねながら。
長かったようで、あっという間の東京S邸。先日、現場にお邪魔した時には奥様にご挨拶させて頂いた。「また、近くに来たなら寄って下さいね」と、おっしゃって頂けた。勿論、私自信も上京した際には寄らせて頂くつもりであるし、何と言っても木の家である。これからが本当のお付き合いの始まりだと思っている。木も動いてくるので、その調整で職人や監督もお邪魔する。そうやって手を掛けて、じっくりと建築と向き合えるのも、木の家だからこそ。大切にしている、人との繋がりが出来たのは確かである。
写真でもお分かりの通りに、これだけの木材や石などを使い、コスト的にも相当掛かっているのは事実である。それだけS邸のご家族が、木の家に寄せた思いと信念が感じられるものだ。「施主に恵まれる」と我々は、良く口にする。いくら大工の技量があろうと、それを理解し掛かる手間が、そのままコストになる事を知った施主でないと、中々こういった家は建たない。高品質の製品とネームバリューが欲しくて、工場生産品を買われるか、時間を掛けて木の家を作るか。掛かる金額は同じでも、出来るものは180度方向の違うものである。
重ねて言う、良い家である。
(黒坂)